第三話 「もういい加減にしてください」

幸子さんへの風当たりが強くなっていた頃だった。

会社は新しい事務員を採用した。

中島さんだった。

幸子さんの退職が近づき、引継ぎが始まった。だが、思うようには進まなかった。電話応対、アプリの使い方、入力作業。何度教えても同じところでつまずき、覚えたはずのことも元に戻ってしまう。

幸子さんはチェックリストを作り、引継ぎ資料も一つひとつ準備していた。それでも不安は消えなかった。

ある日、幸子さんと私は部長に呼ばれた。話題は中島さんのことだった。

幸子さんは静かに言った。

「このままでは無理です。」

私も同じ考えだった。

試用期間中の今なら、まだ間に合う。本人のためにも会社のためにも、このまま採用を続けるべきではない。そう伝えた。

部長は何も言わずに話を聞いていた。

そして最後に、

「分かった。中島さんには辞めてもらう。」

と言った。

私は少し安心した。幸子さんも同じだったと思う。

ところが数日後、その話は覆った。

中島さんは残ることになった。

理由を聞いて驚いた。

部長は言った。

「家庭の事情でお金が必要らしい。」
「本人も辞めたくないと言っている。」

幸子さんはすぐに言った。

「家庭の事情を話す人もいれば、話さない人もいる。かわいそうだから雇うのですか。」

そして続けた。

「残された社員はどうなるのですか。」
「このままでは、残された社員も地獄です。」
「私はきちんと引継ぎをしたいです。」

だが、部長の考えは変わらなかった。

「もう決まったことだから。」

それで話は終わった。

私はその時、初めて違和感を覚えた。

仕事の話をしていたはずなのに、いつの間にか別の話になっていた。

それからも引継ぎは続いた。

幸子さんは最後まで責任を果たそうとしていた。

チェックリストを作り、引継ぎ資料をまとめ、少しでも困らないように準備を進めていた。

ところが河野さんが途中から口を挟むようになった。

それでは足りない。

もっと報告が必要だ。

そんなことを言うようになった。

ある日、幸子さんの退職まで一週間となった頃、河野さんからメールが届いた。

中島さんについて報告してほしい。気付いたことを書いてほしい。今後の指導方針も含めてまとめてほしい、という内容だった。

幸子さんは返信した。

引継ぎ資料はすでに作成していること。残り実質五日しかないこと。最後に注意点もまとめて渡す予定であること。

だが、それでは終わらなかった。

再び河野さんからメールが届いた。

「中島さんのための仕事をしてください。」
「報告義務があります。」
「残りが一日でも三日でも報告してください。」

そんな内容だった。

幸子さんは返信した。

「無理です。」
「もういい加減にしてください。」

そして、それまで抱えていた思いを書いた。

最初の数か月は河野さんが中島さんを抱え込み、自分が教えようとしても口を挟まれたこと。最後になって、すべて自分の責任であるかのように言われていること。

最後には、こう書かれていた。

「これ以上何か言ってきたら上層部に直接報告します。河野さん、あなたいろいろやってはいけない事、やってるわよね。」

私はそのメールを見た。

幸子さんらしい文章だと思った。

普段から思ったことははっきり口にする人だった。それでも、このメールからは感情をぶつけているというより、長い間積み重なっていたものがあふれ出たように感じた。

その後だった。

幸子さんが私に声を掛けた。

「めいさん、お茶付き合って。」

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この記事を書いた人

50代会社員。
お金、働き方、人生のこと。

答えを探しながら、
凪の森を書いています。

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