幸子さんへの風当たりが強くなっていた頃だった。
会社は新しい事務員を採用した。
中島さんだった。
幸子さんの退職が近づき、引継ぎが始まった。だが、思うようには進まなかった。電話応対、アプリの使い方、入力作業。何度教えても同じところでつまずき、覚えたはずのことも元に戻ってしまう。
幸子さんはチェックリストを作り、引継ぎ資料も一つひとつ準備していた。それでも不安は消えなかった。
ある日、幸子さんと私は部長に呼ばれた。話題は中島さんのことだった。
幸子さんは静かに言った。
「このままでは無理です。」
私も同じ考えだった。
試用期間中の今なら、まだ間に合う。本人のためにも会社のためにも、このまま採用を続けるべきではない。そう伝えた。
部長は何も言わずに話を聞いていた。
そして最後に、
「分かった。中島さんには辞めてもらう。」
と言った。
私は少し安心した。幸子さんも同じだったと思う。
ところが数日後、その話は覆った。
中島さんは残ることになった。
理由を聞いて驚いた。
部長は言った。
「家庭の事情でお金が必要らしい。」
「本人も辞めたくないと言っている。」
幸子さんはすぐに言った。
「家庭の事情を話す人もいれば、話さない人もいる。かわいそうだから雇うのですか。」
そして続けた。
「残された社員はどうなるのですか。」
「このままでは、残された社員も地獄です。」
「私はきちんと引継ぎをしたいです。」
だが、部長の考えは変わらなかった。
「もう決まったことだから。」
それで話は終わった。
私はその時、初めて違和感を覚えた。
仕事の話をしていたはずなのに、いつの間にか別の話になっていた。
それからも引継ぎは続いた。
幸子さんは最後まで責任を果たそうとしていた。
チェックリストを作り、引継ぎ資料をまとめ、少しでも困らないように準備を進めていた。
ところが河野さんが途中から口を挟むようになった。
それでは足りない。
もっと報告が必要だ。
そんなことを言うようになった。
ある日、幸子さんの退職まで一週間となった頃、河野さんからメールが届いた。
中島さんについて報告してほしい。気付いたことを書いてほしい。今後の指導方針も含めてまとめてほしい、という内容だった。
幸子さんは返信した。
引継ぎ資料はすでに作成していること。残り実質五日しかないこと。最後に注意点もまとめて渡す予定であること。
だが、それでは終わらなかった。
再び河野さんからメールが届いた。
「中島さんのための仕事をしてください。」
「報告義務があります。」
「残りが一日でも三日でも報告してください。」
そんな内容だった。
幸子さんは返信した。
「無理です。」
「もういい加減にしてください。」
そして、それまで抱えていた思いを書いた。
最初の数か月は河野さんが中島さんを抱え込み、自分が教えようとしても口を挟まれたこと。最後になって、すべて自分の責任であるかのように言われていること。
最後には、こう書かれていた。
「これ以上何か言ってきたら上層部に直接報告します。河野さん、あなたいろいろやってはいけない事、やってるわよね。」
私はそのメールを見た。
幸子さんらしい文章だと思った。
普段から思ったことははっきり口にする人だった。それでも、このメールからは感情をぶつけているというより、長い間積み重なっていたものがあふれ出たように感じた。
その後だった。
幸子さんが私に声を掛けた。
「めいさん、お茶付き合って。」

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