大村さんに怒鳴られてから、幸子さんへの風当たりは少しずつ強くなっていった。
最初は反論していた。納得できないことは納得できないと言う人だった。だが、何を言っても否定される。何をやっても文句を言われる。いつしか幸子さんが話すと、ため息が返ってくるようになった。私はその様子を毎日のように見ていた。
当時の私は、それをハラスメントだとは思っていなかった。職場には相性の悪い人もいるし、意見の合わない人もいる。その程度のことだと思っていた。
だが今振り返ると、私自身もその空気に流されていた。
幸子さんの悪口が飛び交うチャットがあり、私もその中にいた。通知が来るたびに嫌な気持ちになった。また始まった。そう思いながら画面を開いていた。
そこには幸子さんをからかうような内容や、食事や香水についての揶揄などが並んでいた。
幸子さんにも欠点はあったと思う。おしゃべりだったし、思ったことをはっきり口にする人だった。だからといって、あそこまで言われる理由があるとは思えなかった。
それでも私は何も言えなかった。
「もうやめませんか。」
その一言が言えなかった。
自分が次の標的になるのが怖かった。事務所は狭く、毎日同じ人と顔を合わせる。逃げ場はなかった。だから私は黙っていた。時には話を合わせることもあった。
今思い返すと、その頃の自分には後悔が残っている。
ある日、幸子さんが居眠りをしている写真が撮られ、上司へ報告された。
私は、そこまでする必要があるのだろうかと思った。
幸子さんも黙ってはいなかった。
「これはパワハラではないのか。」
そう訴えた。
だが、状況は変わらなかった。それどころか、さらに悪くなったように見えた。
ある日のことだった。
幸子さんは二人の方を向き、静かに言った。
「あなた達は、私の全てが気に入らないのね。」
「何をやっても文句をつける。」
「あなたたちのやっている事を上に報告します。」
その瞬間だった。
あれほど強気だった二人は黙った。誰も言い返さなかった。事務所には重たい空気だけが残った。
しばらくして、大村さんが吐き捨てるように言った。
「だからお局は……。」
その言葉を聞いて、私は悲しくなった。
私には、幸子さんが自分のためだけに言ったようには見えなかった。ずっと我慢してきたことを、ようやく口にしたように感じた。
その後、幸子さんは部長に相談した。
毎日のように文句を言われること。居眠り写真まで撮られたこと。このままでは仕事にならないこと。そして、これはパワハラではないのかということ。
私は部長なら何とかしてくれると思っていた。
だが、返ってきた言葉は違った。
「俺、巻き込まれたくないなぁ。自分でコンプライアンス委員会に申し出てもらえない?」
私は言葉を失った。
助けを求めて相談した相手から出てきた言葉が、それだったからだ。
幸子さんはしばらく黙っていた。怒っているようには見えなかった。むしろ、あきれているように見えた。
そして静かに言った。
「部長は、尊敬にも信頼にも値しない。」
少し間を置いて、さらに続けた。
「私はあの人を軽蔑してる。」
普段から思ったことを口にする人だった。それでも、ここまで強い言葉を聞いたのは初めてだった。
当時の私は、幸子さんは文句ばかり言う人なのだと思っていた。
でも今振り返ると、職場で起きていることに繰り返し声を上げ続けていた人だったのだと思う。
私はその姿を見ていた。
それでも何もできなかった。
そのことは、今でも心に残っている。
それでも何もできなかった。
そのことは、今でも心に残っている。。

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