第一話「はじまり」

当時の私は、それをハラスメントだとは考えていなかった。
退職を控えた女性社員に対して、冷たい言葉が向けられることがあった。

周囲も見て見ぬふりをしていた。それが当たり前のように流れていた。
今振り返ると、あの頃から職場には誰かを追い詰める空気があったのかもしれない。

その女性は古株だった。社内では知らない人がいないほどの存在で、役員クラスでも名前を知っていた。生真面目で、自分の考えをはっきり口にする人だった。
一方で、おしゃべり好きでもあり、人によって好き嫌いが分かれるタイプだったと思う。私も、その人を完璧な人だと思っていたわけではない。

ただ、今振り返っても思う。欠点のない人などいない。だからといって、誰かを追い詰めていい理由にはならない。

今思えば、職場の空気が変わり始めた瞬間だったのかもしれない。

その女性は、いつものように自分の考えを口にした。内容は正論だったと思う。少なくとも、会社のルールや仕事の進め方から大きく外れた話ではなかった。

しかし、その時だった。

「そんな正論皆わかってんだわ。それが出来ないから、みんなで考えてやってるんだわ。わかりもしないのに、口出すな!」

新しくうちの部署へ来た、大村さんが、突然感情をあらわにした。その場の空気は一瞬で変わった。

私が驚いたのは、言葉そのものではなかった。
声だった。それまで聞いたことがないほど大きな声だった。

周囲の人たちは仕事の手を止め、一斉にその方向を見た。私も思わず顔を上げた。

誤解のないように書いておきたい。
当時、その二人はまだ管理職ではなかった。部長でも課長でもない。ごく普通の社員だった。

だから私は、この出来事を「上司からの圧力」とは思っていなかった。ただ、一人の社員が感情をあらわにし、それを周囲が受け入れていく様子に違和感を覚えた。

女性は一瞬だけ相手を睨み返した。言い返すのかと思った。だが、

「あらそ。失礼。」

とだけ言い、自分の席へ戻っていった。その場はそれで終わった。誰も何も言わなかった。仕事は再開された。まるで何事もなかったかのように。私も仕事に戻った。ただ、胸の奥に小さな違和感だけが残った。

今思えば、あれが最初だったのかもしれない。

私はまだ知らなかった。

その女性が会社を去る日が近づいていることも。

そして、数年後に自分自身が同じような立場になることも。

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この記事を書いた人

50代会社員。
お金、働き方、人生のこと。

答えを探しながら、
凪の森を書いています。

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