㉑ SAVI治療を終えて

放射線を照射する治療そのものは、それほどつらいものではなかった。

治療中は約20分間動けないが、それ以外は特別な苦痛もなく、毎日の治療は予定どおり進んでいった。約二週間、私は毎日同じように放射線治療室へ通い、その繰り返しだった。

一番つらかったのは、胸にアプリケータを入れたまま生活することだった。

痛みには波があった。普通にスタスタ歩ける日もあれば、壁に手をつきながらでないと歩けない日もあった。痛みが強い日は、トイレを済ませるだけでもひと苦労だった。普段なら何気なくできる動作に時間がかかり、こんなにも不自由になるものなのかと思った。

放射線治療室へ向かう廊下には、外来患者さんもたくさんいた。歩きづらそうにしている私へ向けられる視線が、少しつらかったことを覚えている。

しばらくして、胸に巻いていた晒の締め具合で痛みが大きく変わることに気づいた。強く巻きすぎると痛みが増し、少し緩めるだけでも体が楽になる日があった。そんな小さな工夫をしながら、約二週間を過ごした。

当時は新型コロナウイルスの影響で面会は禁止されていた。夫や友人とは電話で話すことしかできなかったが、その時間が大きな支えになっていた。

世の中ではトイレットペーパー不足が大きな話題になっていた頃だった。しかし病院では不足を感じることはなく、売店にも普通に並んでいた。病院の中だけは、外とは違う時間が流れているように感じた。

そして、最後の放射線治療の日を迎えた。

いつもの看護師さんが、「お疲れさまでした。これで終了です。」と声を掛けてくれた。

その言葉を聞いた瞬間、涙があふれた。

その時になって初めて、「ああ、私、つらかったんだな」と実感した。

治療中は、終わらせることだけを考えていた。だから、自分がどれだけ気を張っていたのか気づいていなかった。ようやく終わったという安心感で、張りつめていた気持ちが一気にほどけた。

最後の放射線治療を終えた後、アプリケータを抜くことになった。

担当医は、「普通は麻酔をしないけど、あまりに痛がっていたから、局所麻酔をしてから抜きましょう」と言った。

その言葉を聞いて、とても安心した。

局所麻酔のおかげで、抜く時の痛みはほとんどなかった。

抜けた瞬間、不思議と体のバランスが戻ったような感覚があった。

その時初めて、「意外と重かったんだな」と思った。約二週間、その重さが当たり前になっていたからこそ、なくなった瞬間に体が軽くなったことが分かった。

そして、思い切り腕を動かせることが、こんなにうれしいことだったのかと感じた。

退院する際、医師から「放射線の影響はすぐには出ず、時間がたってから治療した場所にかゆみや熱が出ることがあります」と説明を受けた。

その時の私は、「そういうものなんだ」と思っただけだった。

この時はまだ、そのかゆみに長く悩まされることになるとは思ってもいなかった。

㉑ SAVI治療を終えての記事ですね!画面を開いていただきありがとうございます。

アプリケータを装着したままの生活のつらさや、治療が終わった瞬間の安心感、そして後から出てくる症状への備えなど、体験された方ならではの貴重な気づきが詰まった記事ですね。

この記事にも、アドセンスのAI(ロボット)対策として、有益な情報(お役立ちアドバイス)をまとめたH3見出し用の文章を作成しました。

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SAVI治療を終える方や治療中の生活に不安がある方へ
(この経験から伝えたいこと)

器具を装着して過ごす期間は、体力的にも精神的にも想像以上の我慢や工夫が求められます。

  • 小さな工夫で負担を和らげる: 衣類の調整や、少しでも楽な姿勢・巻き方を見つけるなど、ご自身が楽になる工夫を遠慮せず取り入れてください。また、外からの視線や周囲の言葉に傷ついたときは、病院という安心できる空間や、家族・友人との電話でのつながりを大切にして心を休めましょう。
  • 治療後の体調変化に備える: 治療が終わった後も、医師からの説明にあったように、かゆみや熱感などの後から出る症状が起こることがあります。「こういうものだ」とあらかじめ知っておくだけで、慌てずに対処しやすくなります。

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この記事を書いた人

はじめまして、凪です。

「凪の森」は、私が学び、経験し、役に立ったことを、できるだけ分かりやすく残していく場所です。
乳がん経験を機にFP3級を取得(現在2級勉強中)

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