ここで私は、ようやく一つの区切りを迎えることができた。
手術を受け、SAVIによる放射線治療を終え、5年間続けたホルモン療法も終えた。
今は、年に一度の定期検診を受けながら暮らしている。
治療は終わった。
でも、乳がんになる前の自分に戻ったわけではない。
病院へ向かう日は、今でも少し緊張する。体の小さな変化にも敏感になった。
乳がんは終わった出来事ではなく、これからも私の人生とともにある記憶なのだと思う。
それでも、日常は戻ってきた。
家族と食事をし、孫と笑い合う。
そんな何気ない時間が、以前よりずっと愛おしくなった。
治療中、お金を理由に治療を迷うことは一度もなかった。
医師が勧める治療を、そのまま受けることができた。
その経験から、お金や制度は、ただ生活を支えるものではなく、不安なときに人を支えてくれるものなのだと知った。
それがきっかけで、お金について学ぶようになった。
以前の私には、想像もしなかった変化だった。
母も乳がんを経験した。
けれど、病気との向き合い方は私とはまったく違っていた。
私は理由を知りたい。自分で調べたい。これから先のことも理解しておきたい。
一方、母は必要以上に知ろうとはしなかった。先生の説明を受け、そのとおりに治療を受ける。それが母の選び方だった。
どちらが正しいということではない。
病気との向き合い方にも、その人らしさがあるのだと思った。
昔の私は、人の苦しみを本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。
検査結果を待つ時間。
診察室へ入るまでの緊張。
「大丈夫でしたよ。」
その一言で、どれほど心が軽くなるのか。
自分で経験したからこそ、不安を抱えながら毎日を過ごす人の気持ちを、以前より少しだけ想像できるようになった。
もちろん、すべてを分かったとは思わない。
それでも、この経験は私の中で何かを変えた。
私は「治った人」ではない。
乳がんを経験し、その経験とともに生きている人なのだと思う。
どんな経験も、そのときは意味なんて分からない。
それでも振り返ると、無駄だったと思う出来事は、一つもなかった。
今の私は、そう思っている。
すべての治療を終えて、これからの生活を歩む方へ(この経験から伝えたいこと)
長かった治療やホルモン療法をすべて終えても、「元の自分に戻ったわけではない」という不安や、定期検診のたびに緊張する気持ちは、多くの経験者が抱える自然なものです。
- 「治った人」ではなく「経験とともに生きる人」として: 治療が終わっても、体の小さな変化に敏感になったり、過去の経験を思い出したりすることは決して悪いことではありません。焦らず、ご自身のペースで新しい日常を大切に重ねていってください。
- 経験は決して無駄にならない: 検査の結果を待つ不安や、診察室での緊張を知っているからこそ、同じように悩む誰かの気持ちに寄り添えるようになります。ここまで懸命に駆け抜けてきたご自身を、どうか一番たくさん労ってあげてくださいね。

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