第五話 「次は私」

幸子さんが退職してしばらくすると、私はあの言葉を思い出すようになった。

「今度はあなたかも。」

あの時は半分冗談のように聞いていた。

でも、その言葉は少しずつ現実になっていった。最初は仕事のことだった。困っている中島さんを手伝おうとすると、

「俺が教えるから、しゃしゃるな。」

と河野氏に言われた。中島さんへ話しかけようとしても、会話に入れないようにされることがあった。

以前なら普通にできていたことが、少しずつできなくなっていった。

中島さんは次第に河野氏の言うことを優先するようになった。私が何かを教えようとしても河野氏が間に入る。

話しかけても会話が続かない。私は少しずつ、自分の居場所が狭くなっていくのを感じていた。

大村氏は、その様子を見ていた。大村氏から直接何かをされた記憶はない。ただ、止めることもなかった。

幸子さんが退職してから、電話はほとんど私が取るようになった。

風邪で声が出ない日もあった。それでも電話は鳴る。私は受話器を取った。誰かが代わってくれることはなかった。

一度もなかった。

私は次第に、それが当たり前になっていった。そんな中で河野氏は言った。

「新人だから電話取れとか、ないからな。」

「今どき電話が取れたからって何なん。」

「電話なんか取らんでいいんだわ。」

私は意味がよく分からなかった。電話を取ることも仕事の一つではないのか。

そう思ったが、何も言わなかった。病気で休業した時には、

「あーあ。ほんと、やってられないな。」

「誰が代わりするん。」

と言われた。復帰後には、

「一人抜けても何にも変わらんかったわ。」

「おる意味あるん。」

とも言われた。河野氏が主任になってから、職場の空気はさらに変わった。

お客様からの伝言が私に伝わらなくなった。業務に必要な連絡も共有されないことがあった。河野氏は、わざと聞こえるように言った。

「中島さんには送っとくわ。」

私には送られなかった。課長からの指示も同じだった。最初は気のせいだと思った。

忙しくて忘れているだけかもしれないと思った。だが、それは何度も続いた。

やがて私は、自分だけが情報から外されているように感じるようになった。

私は誰にも言わなかった。

課長にも、部長にも、家族にも。

相談しようとは思わなかった。どうせ飽きる。そのうち終わる。そう思っていた。

新しいターゲットが現れない限り、今度は私が標的になる。ただそれだけのことだと思っていた。だから耐えようと決めた。

幸子さんがお茶の席で言った言葉を思い出していた。

「この馬鹿が、くらいの気持ちでいなさい。」

私はその言葉をお守りのように使っていた。

腹が立つ日もあった。悔しい日もあった。それでも心の中で、

「馬鹿が。」

と呟いてやり過ごした。どうせ飽きる。そのうち終わる。私は何度もそう思った。

一年が過ぎた。二年が過ぎた。三年が過ぎた。

それでも終わらなかった。そして気が付けば、あれから八年が経っていた。

今も続いている。

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はじめまして、凪です。

「凪の森」は、私が学び、経験し、役に立ったことを、できるだけ分かりやすく残していく場所です。
乳がん経験を機にFP3級を取得(現在2級勉強中)

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